私は以前から、美術界における「写実的な美人画」の立場について考えることがある。
写実的な絵を描く画家は多くいるし、その人気も高い。しかし、その中でも「美しい女性を主題とした写実絵画」を描く人は、意外と少ないように感じる。
私は、このジャンルには確かな需要があると思っている。実際、美しい人物を描いた作品は多くの人の心を惹きつけるし、純粋に「見たい」と思う人も多いはずだ。
それにもかかわらず、美術界にはどこか「美人を描くのは浅い」「個性がない」「古臭い」「面白くない」といった空気が存在しているように感じることがある。
もちろん、それが明確なルールとして存在しているわけではない。しかし、そうした価値観が長年にわたって受け継がれてきた結果、写実的な美人画を積極的に描こうとする人が少なくなっているのではないだろうか。
多くの画家は美術大学などで学び、その中で現代美術や芸術観について教育を受ける。私は美大に通った経験がないので実際のところは分からないが、芸術とはこうあるべきだという価値観が少なからず存在するのではないかと思う。
ただ、その価値観の中には、すでに時代に合わなくなっているものもあるのではないだろうか。
何十年も前の美術界と、現在の美術界では環境も価値観も大きく変化している。インターネットによって作品の発表の場は広がり、鑑賞者の声も直接届くようになった。にもかかわらず、昔の価値観をそのまま引き継いでいる部分もあるように見える。
私は、「写実的で美しい女性を描くこと」に何の問題もないと思っている。
むしろ、それは多くの人が求めている表現の一つではないだろうか。
そして何より、それが私自身の表現だからだ。
私の作品の中心には、写実的な美しさを持った女性像がある。もしそこを捨ててしまったら、それはもう私の絵ではなくなってしまう。
だから私は、「美人を描くべきではない」というような空気があるとすれば、それには従わない。
流行や風潮に合わせるためではなく、自分が本当に描きたいものを描くために。
私はこれからも、写実的な美人画という表現を大切にしていきたいと思っている。