2022年頃、僕は女の子の絵をよく描いていた。
実写寄りというか、写真のような質感のある絵で、それをNFTアートとして出していた時期もある。
ただ、当時のNFT界隈とは、正直あまり相性が良くなかった。
NFTで強かったのは、いわゆる“キャラクター性”のある作品だった。
たとえばトレーディングカードやゲームのキャラクターのように、ひと目で認識できて、コレクションしたくなるような存在感のあるもの。イメージとしては、ポケモン的な文脈に近かった気がする。
もちろん現代アート的な作品も存在していたけれど、NFTの市場では「キャラクターとして成立していること」がかなり重要だったように思う。
その中で、僕が描いていたような実写寄りの女の子の絵は、少し方向性が違っていた。
アルバムの1ページみたいな感覚というか、物語や空気感を切り取るような作品だったので、NFT的な“トレードされるキャラクター性”とは噛み合わなかったんだと思う。
でも、自分では結構気に入っている。
最近になって、なぜ自分がこういう絵を描いていたのかを少し考えることがある。
以前、「それは慰めなんじゃないか」という話をしたこともあったけれど、当時の自分にはそういう自覚はなかった。
ただ描きたいから描いていただけで、特別な意味を持たせていたわけでもない。
面白いから描いている、という感覚に近かった。
でも今振り返ると、たぶん“慰め”のようなものも、どこかに含まれていたのかもしれない。
とはいえ、描いている最中は本当に何も考えていない。
頭の中を整理するためでもなく、誰かに理解してもらうためでもなく、ただ自然に描いていた。
結局のところ、なぜ描いていたのかは、自分でもまだよくわからない。