2026年5月20日水曜日

10年ほど前、岡本太郎記念館に行ったことがある。

当時の僕は、いろいろな美術館を見て回っていた時期だった。有名な美術館を中心に巡っていて、その流れで岡本太郎にも興味を持ち、実際に足を運んでみた。

記念館の中で特に印象に残っているのは、「写真」の多さだった。

もちろん絵画や作品もたくさん展示されていたのだけれど、それ以上に白黒写真が強く記憶に残っている。カラーではなく、モノクロ写真だったと思う。現地の人々を撮影したような写真が多くて、ただ作品を展示するというより、「人間を見つめている」という雰囲気があった。

岡本太郎は絵を描くだけではなく、人や文化そのものへの興味がとても強かったのかもしれない。そんなことを、なんとなく感じた記憶がある。

そして、もう一つ強く覚えているのが、「拳骨のような腕」をモチーフにした作品群だった。

腕を振り上げたような、力強い形のアートが何点も並んでいて、それがすごく印象的だった。抽象画なのか、印象表現なのか、分類はよく分からない。でも、とにかく同じテーマに強くこだわっている感じがした。

一つや二つではなく、似たようなモチーフが何度も繰り返されていたので、「なぜここまでこの形に執着するんだろう」と思ったのを覚えている。

でも逆に、その“異常なくらいのこだわり”こそが、作家性なのかもしれない。

人はどうしても「違うものを作ろう」と考えがちだけれど、本当に強い作家は、同じテーマを何度も掘り下げていく。そんなことを、後になってから思った。

そして、その日はとにかく暑かった。

ほとんど真夏のような日差しで、記念館を見たあと、隣のカフェでジュースを飲んだ記憶が残っている。作品そのものだけではなく、暑さや空気感、歩いた道、休憩した場所――そういう感覚まで含めて、記憶というのは残るものなんだと思う。

美術館の記憶というのは、作品だけではなく、その日の空気ごと心に残っているのかもしれない。

僕は見た目にこだわりすぎるのだろうか?

 最近、自分は思っていた以上に「見た目」にこだわる人間なんだと気づいた。 例えばゲームを買うとき、僕はまずグラフィックを見る。面白いかどうかは、実際に遊んでみないとわからない。それなら、最初に目に入る見た目を重視するのは自然なことだと思う。 以前はNintendo Switchで...