2026年4月12日日曜日

僕は長い間3DCGをやっていた。

 以前に少し触れたことがあるけれど、僕は長い間3DCGをやっていた。

ただ、不思議なことに、これまで自分の作品についてはほとんど載せてこなかった。
今回から、少しずつ振り返りながら公開してみようと思う。

自分の方向性としては、どちらかといえばリアル寄りの表現を目指していた。
とはいえ、モデリングそのものよりも、どちらかと言えば「レンダリング」の方に興味があった。

今振り返ると、少し変わっているかもしれない。

というのも、僕は何年もかけてレイトレーシングの研究ばかりしていたからだ。

理由は単純で、当時使っていた3Dソフトがかなり古く、
レイトレーシング性能が低くて、思うように綺麗な絵が出せなかった。

それが、ただただ悔しかった。

普通なら「新しいソフトを使えばいい」と考えるところだと思う。
実際、僕もそう思ったし、試そうとしたこともある。

でも、他の3Dソフトはあまりにも難しすぎて、自分には扱えなかった。

あるとき、詳しい人に相談したら
「Blenderを1年かけて教えてあげる」と言われたこともある。

けれど、さすがに1年という時間は現実的ではなかったし、
そこまでして習得する意味が自分には見いだせなかった。

だから僕は、新しいツールに移るのではなく、
今ある環境でどこまでやれるか、限界を超えることに時間を使うことにした。

他人から見れば、かなり非効率で、
もしかすると「変わっている」と思われる選択だったかもしれない。

それでも、長く使ってきたソフトだったからこそ、
その限界を突き詰めてみたかったのだと思う。

結果として、それなりに「ここまでできるのか」と思えるところまでは到達できた。

ただ、ある程度の成果が出た瞬間、
不思議とそこで満足してしまい、それ以上先に進むことはなかった。

達成して、終わり。

今となっては、その先に何かを積み上げることもなく、
静かに一区切りがついた感じだ。

正直なところ、あの何年間は一体何だったのか、
自分でもよく分からない。

いわゆる「黒歴史」なのか、それともそうではないのか。
はっきりとは言えない。

ただ一つ確かなのは、
あの時間、自分は確かに努力していたということだ。

そして今は思う。

人間にとって大事なのは、結果そのものよりも、
何かに打ち込んでいる時間そのものなのかもしれないと。

そう考えると、あの時間も決して無意味ではなかったのだろう。

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