2026年8月31日月曜日

無難なものより、少し尖ったものが好き

世の中の商品には、大きく分けると「無難なもの」と「ちょっと変わったもの」があると思います。

無難な商品は、多くの人が使いやすいように作られていて、評価も安定しています。一方で、少し変わった商品には癖があり、どうしても賛否が分かれます。

例えばスマートフォンです。

基本的には、どのメーカーのものも縦長の画面を中心とした似たような形をしています。でも最近では、折りたたみスマートフォンのような、少し変わった製品も出てきました。

もちろん、普通のスマートフォンよりも厚かったり、価格が高かったりと、何らかの癖があります。それでも「普通とは違う」というところに魅力を感じる人もいます。

僕は、どちらかというと、そういう「ちょっと変わったもの」が好きな方なのかもしれません。

これは絵についても同じです。

普通の絵なら、誰が見ても「女性が描かれている」「花が描かれている」「風景が描かれている」と、ある程度は内容を理解できます。

一方、現代アートになると、何を表現しているのかわかりにくい作品もあります。

もちろん、現代アートだから変わっていればいいというわけではありません。でも、現代アートには「普通とは違うこと」に価値を見出す傾向があります。

ただ、変わりすぎると、今度は見る側がついていけなくなります。

「これは一体何なのか?」

「何を表現しているのか?」

「そもそも、作者自身は何を描いているのかわかっているのだろうか?」

そんなことを考えてしまう作品もあります。

作者自身が何を表現しているのかわからないのであれば、見る側にはもっとわからないですよね。

だから僕は、尖ったものは面白いと思う一方で、尖りすぎると難しくなるとも思っています。

そして、ここで少し自分でも不思議に思うことがあります。

僕は以前から、「みんなが評価しないものに興味を持つことがある」と話してきました。

例えば、世間で「この製品は使いにくい」「これはダメな商品だ」と悪い評価を受けているものがあったとしても、なぜか僕は気になってしまう。

もちろん、実際に使ってみて自分にも合わないことはあります。

でも、世間で評価されていないものを見ると、

「なぜ、みんなはこれを嫌うんだろう?」

と、逆に興味が湧いてくることがあります。

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