世の中の商品には、大きく分けると「無難なもの」と「ちょっと変わったもの」があると思います。
無難な商品は、多くの人が使いやすいように作られていて、評価も安定しています。一方で、少し変わった商品には癖があり、どうしても賛否が分かれます。
例えばスマートフォンです。
基本的には、どのメーカーのものも縦長の画面を中心とした似たような形をしています。でも最近では、折りたたみスマートフォンのような、少し変わった製品も出てきました。
もちろん、普通のスマートフォンよりも厚かったり、価格が高かったりと、何らかの癖があります。それでも「普通とは違う」というところに魅力を感じる人もいます。
僕は、どちらかというと、そういう「ちょっと変わったもの」が好きな方なのかもしれません。
これは絵についても同じです。
普通の絵なら、誰が見ても「女性が描かれている」「花が描かれている」「風景が描かれている」と、ある程度は内容を理解できます。
一方、現代アートになると、何を表現しているのかわかりにくい作品もあります。
もちろん、現代アートだから変わっていればいいというわけではありません。でも、現代アートには「普通とは違うこと」に価値を見出す傾向があります。
ただ、変わりすぎると、今度は見る側がついていけなくなります。
「これは一体何なのか?」
「何を表現しているのか?」
「そもそも、作者自身は何を描いているのかわかっているのだろうか?」
そんなことを考えてしまう作品もあります。
作者自身が何を表現しているのかわからないのであれば、見る側にはもっとわからないですよね。
だから僕は、尖ったものは面白いと思う一方で、尖りすぎると難しくなるとも思っています。
そして、ここで少し自分でも不思議に思うことがあります。
僕は以前から、「みんなが評価しないものに興味を持つことがある」と話してきました。
例えば、世間で「この製品は使いにくい」「これはダメな商品だ」と悪い評価を受けているものがあったとしても、なぜか僕は気になってしまう。
もちろん、実際に使ってみて自分にも合わないことはあります。
でも、世間で評価されていないものを見ると、
「なぜ、みんなはこれを嫌うんだろう?」
と、逆に興味が湧いてくることがあります。