最近、ギャラリーについて考えることがあります。
私はこれまで、絵を展示しているギャラリーに何度か足を運んできました。美術館のような大きな施設だけでなく、個人で運営しているような小さなギャラリーにも入ったことがあります。
ただ、正直に言うと、今の私は「よく知らない小さなギャラリーには、もう入らないかもしれない」と思っています。
理由は、以前、とても嫌な経験をしたからです。
東京の、とある有名な下町の商店街にある小さなギャラリーでした。絵を眺めていると、抽象画が展示されていました。私はその画家のことをまったく知らず、作品も何を表現しているのか理解できませんでした。
そこで、私は素直に「この絵はよくわからないですね」といったようなことを口にしました。
すると、ギャラリーの人が突然感情的になったのです。
押し売りをされるなら、まだ理解できます。ギャラリーは絵を販売する場所でもありますし、営業されること自体は不思議ではありません。
しかし、そのとき感じたのは「売り込み」ではなく、まるで喧嘩を売られているような空気でした。
「どうしてそんな反応になるのだろう」と、今でもよくわかりません。
その絵は、私にとっては本当に理解できない作品でした。抽象画ですから、何が描かれているのかもわからない。画家についての説明もなく、背景も知らない状態です。
そんな状況で「どう思いますか?」と聞かれれば、「正直、よくわかりません」と答える人は少なくないのではないでしょうか。
もちろん、その画家のことを知っていて、作品の文脈や思想を理解していれば、見え方は変わるのかもしれません。
でも、知らない人間にとっては、「わからない」という感想も自然なものだと思うのです。
結局、その場の雰囲気に耐えられず、私は逃げるようにギャラリーを後にしました。
それ以来、小さなギャラリーに対して少し警戒心を持つようになりました。
ギャラリーというと、「押し売りされるのではないか」と心配する人もいると思います。しかし、実際には押し売りよりも、人との相性のほうが大きいのかもしれません。
一方で、最近札幌で訪れた展示会では、まったく違う体験をしました。
そこは比較的大きな団体が運営している展示会で、事前にインターネットで調べると、あまり良くない評判も目にしました。それでも興味があったので、実際に足を運んでみました。
すると、対応してくれたスタッフの女性はとても丁寧な方でした。
私は作品をじっくり見ていたせいか、その方は何度か声をかけてくれました。あとで数えてみると、4回ほど説明に来てくれていたと思います。
しかし、それは押し売りではありませんでした。
「この作品は、こういうテーマで描かれています」
「この作家さんは、こういう経歴の方なんです」
そんなふうに、作品の背景や見どころをわかりやすく説明してくれたのです。
そのおかげで、作品を見る時間そのものが楽しくなりました。
同じ「ギャラリー」でも、こんなに印象が違うものなのだと驚きました。
結局のところ、ギャラリーという場所は、行ってみなければわからないのかもしれません。
嫌な思いをすることもあれば、作品の見方を広げてくれる素敵な出会いもあります。
ただ、私自身はひとつ学びました。
「絵がわからない」と感じることは、決して悪いことではないということです。
わからないものを、わからないと言っていい。
そのうえで、誰かが作品の背景や作者の思いを丁寧に伝えてくれたなら、今まで見えなかったものが見えてくることもある。
もしかすると、本当に大切なのは作品そのものだけではなく、それを伝える人の姿勢なのかもしれません。