以前、現代アートについて自分がどう思っているのかを書いたことがある。
その時、抽象画についても少し触れていたと思う。
実は僕自身、昔は抽象画っぽい表現を描いていた時期があった。
当時は、そういう表現に少し興味があったし、「現代アートとして面白いかもしれない」と思っていたんだよね。
でも、結果的には描かなくなった。
抽象画に興味がなくなった理由
なぜ描かなくなったのかというと、だんだん、
「これは自己満足になってしまうんじゃないか」
と思うようになったからだ。
もちろん、アートは必ずしも他人に理解される必要はない。
そういう考え方もあると思う。
でも僕は、他人が見ても何も感じ取れないものや、意味が全く伝わらないものに対して、少し疑問を持つようになってしまった。
実際、自分自身が「よくわからない抽象画」を見た時に、不快感を覚えることもあった。
もちろん、すべての抽象画がそうというわけじゃない。
でも、「これは何なんだろう」と思うだけで終わってしまう作品も多かった。
現代アートは、なぜ抽象化していったのか
現代アートには抽象的な作品が多い印象がある。
もちろん、現代アート=抽象画というわけではない。
でも、全体として抽象化の方向へ進んでいったのは確かだと思う。
なぜそうなったのか。
僕自身、そこは正直よくわからない。
時代的な価値観の変化や、多様性の考え方も関係しているのかもしれない。
「正解のない表現」が重視されるようになった結果なのかもしれない。
でも、その流れに対して、自分が本当に共感しているかというと、今は少し違う。
“わからないもの”を、無理に理解したいとは思わなくなった
昔は、「理解できないものにも価値がある」と思っていた。
だから抽象画にも興味を持っていたし、自分でも描いていた。
でも今は、そこまで積極的に見たいとは思わなくなってしまった。
もちろん、自分の感覚に合う抽象画もある。
「これは好きだな」と思えるものも、たまにはある。
ただ、そういう作品はかなり限られている。
結果的に、自分が本当に惹かれる抽象画というのは、ごく一部なんだと思う。
今の自分は、“伝わる表現”のほうに興味がある
今の僕は、どちらかというと、
何を感じてほしいのか
何を表現したいのか
なぜその作品を作ったのか
そういうものが、ある程度伝わる作品のほうに興味がある。
完全に説明的である必要はない。
でも、少なくとも「何か共有できる感覚」が欲しい。
抽象画は、その“共有”の部分が極端に少なくなりやすい。
だから今は、以前ほど興味を持てなくなってしまったんだと思う。
それは、抽象画を否定したいわけではなくて、単純に自分の感覚が変わったということなんだろうね。