最近、自分の作品について考えることがある。
私が制作しているのは、現代アートとしてのデジタルアートだ。作品の多くは、美しい女性をモチーフにした、写真と見間違えるほどリアルな表現になっている。
だからこそ、多くの人は「これは写真では?」と思うかもしれない。
実際、初めて作品を見た人の中には、「写真を加工しただけでは?」という印象を持つ人もいるだろう。そう感じるのは、ごく自然なことだと思う。
しかし、私が目指しているのは「写真を見せること」ではなく、「写真のようなリアリティを持つ現代アート」を表現することだ。
ここで問題になるのが、「アートとは何か」という問いである。
古典的な芸術では、絵画には絵画の技法があり、油彩や水彩、筆遣いなど、長い歴史の中で培われてきた価値観がある。それらはもちろん素晴らしい文化であり、私はそれを否定するつもりはない。
ただ、現代アートは少し考え方が違う。
現代アートには、「こう作らなければならない」という絶対的なルールが存在しない。素材も技法も自由であり、作品そのものだけでなく、発想やコンセプトも作品の一部として評価される世界だ。
だから私は、デジタル技術を使って制作した作品も、現代アートとして成立すると考えている。
もちろん、この考え方に共感してくれる人ばかりではない。
むしろ、芸術について深く学んできた人ほど、伝統的な価値観を大切にしている場合があり、「これはアートではない」と感じることもあるだろう。
それも一つの考え方だと思う。
ただ、古典的な芸術と現代アートは、同じ「アート」という言葉で呼ばれていても、必ずしも同じ基準で語れるものではない。
私は、どちらが正しいと言いたいわけではない。
古典的な芸術には古典的な価値があり、現代アートには現代アートならではの価値がある。その違いを理解した上で作品を見てもらえたら、私の作品も少し違った印象になるのではないかと思っている。
写真のように見える作品だからこそ、「これは写真なのか、それともアートなのか」と考えてもらえる。
私は、その境界線を問いかけること自体も、現代アートの一つの表現だと考えている。