これまで僕は、現代アートにそれなりの関心を持ってきた。
しかし最近、その考え方が少しずつ変わってきている。
美人画を描くようになってから、現代アートとは距離ができてきたと感じる。
「それは当然では?」と思われるかもしれない。実際、そうなのだと思う。
かつての僕は、現代アートをかなり真剣に追いかけていた。
その理由は、「アートとは何か」という根本的な問いを考えていたからだ。
特に抽象画をよく見ていた。
理解できない作品の意味を考え続けること自体に、どこか惹かれるものがあった。
同時に、自分が理解できないことに対して、モヤっとした感情も抱えていた。
けれど最近、美人画の世界と抽象画(いわゆる現代アート)の世界は、
そもそも混ぜて考えるものではないのではないか、と思うようになった。
現代アートと聞くと、僕の中では抽象表現の世界が強くイメージされる。
例えばポップアートのような表現。
かつては、そうした方向こそが新しいアートの道だと思っていた。
しかし今、自分が描いているのは抽象画ではなく、美人画だ。
その事実に気づいたとき、現代アートの文脈と無理に結びつける必要はないのではないか、と感じた。
おそらく、根本にある概念そのものが違う。
だからこれからは、現代アートとは切り離して考えていこうと思う。
とはいえ、過去に抽象表現を試していた時期が無意味だったとは思っていない。
当時は3Dグラフィックを使うことで、抽象的な表現がやりやすかった。
その経験があったからこそ、アートについて考え続けることができたのだと思う。
もし3Dグラフィックを触っていなかったら、
そもそもアートにここまで関心を持つこともなかったかもしれない。
遠回りではあったが、その過程があったからこそ、
今の自分の方向が見えてきたのだと思う。
そして今はっきりしているのは、
自分が描く美人画と、現代アートは別のものだということ。
だからこれ以上、無理に理解しようとする必要はない。
いま自分が描いているものに、集中した方がいい。
今はそう思っている。
