絵を描く中で、今もっとも高い壁として立ちはだかっているのが「女子高生」というモチーフです。
女性のさまざまな姿を描くことに挑戦していますが、女子高生を描こうとすると、どうしても「ありきたり」な枠に収まってしまいそうになる。その難しさに日々頭を悩ませています。
今回は、そんな試行錯誤の中で「自分なりに手応えを感じた」2枚を載せてみます。
「ありきたり」の向こう側にあるもの
女子高生という記号的な可愛さは、世の中に溢れています。 だからこそ、ただ制服を着せるだけでは、僕が表現したい「何か」に届かない。
「こう描けばOK」という単純な理屈やルールなんて存在しません。 特別な一人を描き出そうとすればするほど、表現の正解が見えなくなっていく。そのもどかしさこそが、創作の苦しみであり、楽しさでもあるのだと感じています。
背景は「おまけ」でいい。
僕の絵において、背景はあくまでもおまけ程度。 もちろん、世界観を構築するために背景が必要なのは分かっています。でも、僕が本当に描きたいのは、そこに立つ女性そのものです。
極論を言えば、彼女たちの可愛さ、そして圧倒的な「存在感」。 それさえ描ければ、あとは何もいらない。それくらい潔い気持ちでキャンバスに向かっています。
空想の中に宿る「真実の存在感」
僕が描いているのは、現実の誰かではなく、空想の中の女性です。 けれど、ふと目が離せなくなるような、絵の中に引き込まれる感覚。それはきっと、描き手が彼女たちの「存在感」をどれだけ信じられるかにかかっている気がします。
「存在感とは何だろう?」
その答えはまだ言葉にはできません。 でも、その輪郭を掴むために、僕は今日も「特別な一人」を描き続けたいと思います。

